榎木英介について

 1971年神奈川県横浜市生まれ。市内や調布市などを転々としたのち、小学2年生から横浜市南区に落ち着き、大学院まで過ごしました。横浜市には故郷として愛着を感じています。
 横浜市立六ッ川台小学校、同六ッ川中学校を経て、神奈川県立柏陽高校に入りました。高校時代は理科部に所属し、天体観測やアマチュア無線などに取り組み、充実した3年間を過ごしました。
 大学は現役時には早稲田大学理工学部応用化学科に入りましたが、理学研究への憧れを抱きいわゆる「仮面浪人」をして、東京大学理科2類に入りなおしました。理学部生物学科動物学専攻に進学し、生物学の研究を行いました。
 研究者になるべく、1995年に大学院に進学。ノーベル賞候補にもあげられた浅島誠教授のもとで実験ざんまいの日々を過ごしました。また、このころ評論家の立花隆氏の東大での授業を手伝ったことから、情報を社会に発信することの重要性を痛感し、以来積極的に情報発信等の活動を行なっています。
 生物学の研究を人々のために役立てたいと2000年に神戸大学医学部医学科に3年次編入学しました。医学の学習、実習の傍ら、山村博平先生のもと研究にも勤しみ、論文も書きました。また学業と同時に若手研究者のキャリア問題や科学技術政策などの問題点をメディア等で語り始めました。2003年にはNPO法人サイエンス・コミュニケーションを設立し、代表理事に就任しました。
 2004年に医学部を卒業し研修医に。また、2006年には学生時代の研究論文をもとに博士号を取得しました。ただ、マイクロピペットを握るいわゆる「ウェット」な科学研究は向いていないと痛感しました。初期臨床研修中から病理医になることを目標にし、2005年から神戸大学医学部附属病院病理部にて本格的に研修を開始しました。大林千穂先生、伊藤智雄先生に師事し、2009年からは兵庫県の赤穂市民病院にひとり病理医として勤務しました。
 2011年からは近畿大学医学部病理学教室に所属し、病理医としての研鑽をさらに積みました。近畿大学在職中に病理専門医、指導医、細胞診専門医、指導医、日本病理学会評議員になりました。
 2014年に起こったSTAP細胞事件では、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌等でコメントを多数発表。以来テレビなどで医療問題等も含めたさまざまなニュースにコメントをするようになりました。これにより、2018年には所属の近畿大学から「近大メディアアワード」をいただきました。
 2019年からは古巣である赤穂市民病院に戻り、新たな活動を開始する予定です。